MASANORI SUZUKI

鈴木 正徳


不動産売買仲介
2014年8月入社
MASANORI SUZUKI
鈴木 正徳
不動産売買仲介 2014年8月入社

プロゴルファーを目指して

小学5年生から始めたゴルフ。それまでしていた野球で足を痛めてしまい、芝生でトレーニングしたらいいんじゃないか、だったら近くにゴルフコースがあるぞ、というのがゴルフを始めたきっかけです。リハビリのつもりが、やっているうちに夢中になり、すぐにプロを目指すようになりました。中学1年生で全国大会に出場。その後、イギリス開催の世界大会にも出場し、3年生のときには複数の高校からオファーがきました。いくつかの高校を見学しましたが、すでに世界を見てしまっていた私は、日本の練習環境に限界を感じており、両親のすすめもあって15歳からアメリカのハイスクールに進学することを決意。渡米した先では、アリゾナ、フロリダ、ニュージャージー、カリフォルニアとゴルフのメッカを転々としました。世界的に有名なインストラクターが常駐するゴルフクラブ、日本とは違う良質な芝、ゴルフをするのに最適な気候。最高の環境で、充実した毎日を過ごしました。

そして、原点に戻る

2001年9月11日。同時多発テロ勃発。当時私は、ハイスクールを卒業して本格的にプロを目指し練習に励んでいたのですが、そのとき滞在していたのは米軍基地のすぐそば。陸空海軍が続々と集結する様に、これは大変だと着の身着のまま日本に帰国しました。帰国後しばらくして、プロテストを受け合格。スポンサーもすぐにつきました。しかし、思うような結果を残すことができず、1年で解約になりました。未練はなかったですね。もうやりきったと思っていましたから。その後、プロ野球チームのゴルフ専属コーチをしたり、民間企業で営業をしてみたり、自分でゴルフスクールを立ち上げたり。どれも最初はそれなりに楽しかったのですが続かない。そんなとき、ふと思ったのです。 「俺って何がしたかったんだっけ?」 プロゴルファーの夢はいったんは叶えた。そういえば、幼稚園のときはパン屋さんになりたかった。東北大震災のときには、祖母の家を建て替えて一緒に住んだことがきっかけで不動産や建築にも興味を持ち始めた。このまま、流れのまま生きていても仕方がない。もう一度原点に戻って、自分が心から望むことをしよう。そう思い、職探しを始めました。

うららと私

そして出会ったのが、うららです。当時のうららは、本多社長を含めて2人の会社でした。最初に会社を見た印象は「儲かってなさそうな会社だな」でした。事務所の有様は、夜逃げ前か?と思ったほどです(失礼・・・!)。じゃあなぜ、そんな会社に入社したのか?本多社長に自分の未来を重ねることができたからです。言いにくいこともすべて本音で話してくれる。「経営者にこんな正直な人がいるのか?!」と衝撃を受けました。この人と一緒に会社をつくることができる。想像しただけで胸が高まる。私は人生を、うららに懸ける覚悟を決めました。 あれから5年。仲間は30人を超えました。これまで自分が稼がないと会社が潰れる!と思い、必死にやってきましたが、ふと周りを見ると同じように、うららのために、仲間のために、そして自分のために戦っている人たちが集まっていました。この仲間となら、なんでもやっていけるんじゃないか。昔なりたかったパン屋さんだってできそうだ。それぞれの夢を語り合いながら、叶えながら、仲間が増えていったらどんなに素晴らしいだろう。今までにない感情が私の胸をくすぐる。 小学生の卒業文集で私はこう綴りました。「プロゴルファーになる」。今、うらら文集なるものがあるのなら、この一言を書きます。「うららを世界に通用する1000人の会社にする」と。かつて一人で見た夢。次は仲間とともに見る夢を叶えてみたい。

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